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主を知りなさい


ホセア書6:3
『私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、誰かに現れ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。』


私たちは主を知ることを切に追い求めなければなりません。

主が誰であるかを知る時に、感激し恵みを受け、主に仕えながら生きることができます。


生まれたばかりの子は、初めは誰が自分の親なのかも分からないように、
私たちも救われたばかりの時は 主に対して無知ですが、成長するためにも主を知ることを求めなければなりません。


主がどんな方であるのか、私のために何をして下さったのか、将来 私たちのために何をしてくださるのかを悟る時に、喜びを持って主に仕えることが出来ます。

一度で悟ることは出来ませんが、主を知ろうと励む時、主は私たちを愛し悟る力を与えて下さいます。


主を知らないで仕えることと、知って仕えることは大きな差があります。

肉の思いを捨てる時に 主を悟ることができます。


自分の思いだけで神を知ろうとするなら、なかなか理解が出来ず、かえって疑問が増えると思います。

聖書のみことばを通して、祈りを通して 神が悟らせる時、素直に信じなければなりません。


みことばを信じないなら悟りを得ることは出来ません。

神様は私たちの理性で判断出来る方ではありません。


宇宙万物を支配し、生命のカギを持っておられる方です。

私たちは謙遜な心で主の前に出なければなりません。

幼子のような素直な心で主を信じようとする時、主は悟りを与えて下さり、愛して下さいます。


主は私たちの父なる神であり、私たち信じる者は神の子どもです。

父と子の関係であることを忘れず求めなければなりません。
求めるなら父は聞いて答えて下さいます。


私たちの心を聞いて父の愛を感じなければなりません。

そうするなら愛の神は 私たちに愛をもって導いて下さいます。


ホセア書6:6
『わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ。』


マタイの福音書7:9-11
『あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。
また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。
してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。 とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。』


詩篇42:1-2
『鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。
私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。』